遺言書は、人生の最終段階における意思の表明として、計り知れない価値を持ちます。しかし、その効力はどのようなものなのでしょうか。
また、遺言書を残さないとどのようなことが起きるのか、実際に起きた事例や書き方についても紹介します。
遺言の効力
「まず、遺言書は絶対に書いておいた方がいいですよ」
相続に詳しい専門家に聞くと、大体そのようなアドバイスを受けるはずです。
弊社も、遺言を書いておくことはとても大事だと思っています。
ご相談に見える方にはまず「遺言はご用意されていますか?」と確認させていただいています。
遺言を書いておくことが大事であることの最も大きな理由は、
遺言には「争続を防ぐことができる」という効力があるからです。
遺言書がないと争続が起きる
相続の場面で相続人間で争ってしまうことは「争続」と呼ばれたりします。
分かりやすい言葉なので、このページでも「争続」という言葉を使わせていただきます。
ここでは、実際にあった遺言を書かなかったことにより争いになった事例をご紹介いたします。
遺言が無かったことによる争続の実例
神奈川県内のAさんの事例です。
このAさんの御一家は代々幼稚園を経営されていましたが、2ヶ月前にAさんのお父様が亡くなりました。
遺産としては、幼稚園の他にアパート、貸店舗、ご自宅。
相続人は、Aさん、Aさんのお母様(被相続人の配偶者)、Aさんの弟さん(被相続人の子)の3名です。
Aさんは長年お父様・お母様と一緒に幼稚園の運営に携わっており、ご両親とAさんの奥様・お子様の5名でお父様のご自宅に住んでいます。
弟さんは独立してサラリーマンとしてお勤め。
お父様は遺言を遺していなかったため、Aさん、お母様、弟さんの3名で遺産分割協議を行うことになりました。
正直なところ少子化傾向の続く幼稚園単体での運営は厳しく、収益力のある貸店舗からの収入で補填しながら何とか生活を維持しているという状態です。
幼稚園を維持していくためには、貸店舗も一緒に相続することが必要です。
自由に売却できない幼稚園を除くと、貸店舗・アパート・ご自宅の市場価格は同じくらいです。
ただ、貸店舗はアパートの倍くらいの収益力があります。
Aさんは
「親父には『頑張って幼稚園の運営は続けてくれ、そのためにうちの資産を使え』と言われていたんだ。だから、俺は幼稚園と貸店舗を、お前はアパート、この自宅は母さんが相続する形でどうだろうか?」
と提案しました。
それに反発したのは弟さん。
「いや、俺だって古いアパートよりも儲かる貸店舗をもらいたいよ。親父は口だけで遺言にはしていなかったんだろ。遺言を書かなかったということは、平等に分けろと、というのが親父の意思なんだ。」
このような一次相続の時は、お母様のご意向によりまとまることも多いのですが、今回はそうはなりませんでした。
お母様としては、一緒に生活をしているAさんの味方をしたいところですが、「どうしても収益力のある貸店舗が欲しい!」主張する弟さんと喧嘩するのは避けたいというのも本心です。
もう二人に任せる、といった感じです。
遺産分割協議はなかなかまとまらず、結局お母様が負担することになりました。
ご自宅を売却して弟さんに一部お金を渡すことで決着したようです。
遺言があったらどうだったのか?
争続を阻止するために相続発生後にできることは殆どありません。
一方で相続発生前であれば、簡単に争続を防ぐことができます。
今回の場合も、お父様が、「幼稚園と貸店舗はAさん、アパートは弟さん、自宅はお母様に相続させる」、とさえ遺言を書いておいてくれれば、このような争続は起きなかったのです。
遺言が無かったために、奥様の住居は売却することになり、弟さん一家とは断絶状態になってしまったことになります。
遺産分割協議と遺言の関係
遺言が無い場合でも、相続人が全員財産に執着が無い場合や、相続人の一人が強いリーダーシップを持っている場合などは、遺産分割協議によりまとます。
でも、悲しいことに、そのような場合は稀です。
相続発生前は「うちは大丈夫!」と言っていたのに、相続発生後に「あんな奴だとは思わなかった」と言うことは良くあるのです。
遺言さえあれば、遺産分割協議をする必要はありません。
遺言を書くということは、被相続人が相続人に対して遺産相続の方法について明確な指針をプレゼントするということです。
遺言を一通書いておくだけで、争続を防ぐことができるのです。
遺言の内容
では、遺言にはどのような内容を書いておけば良いのでしょうか?
一般的に相続の場面で決める必要のあることは、以下の通り二つに分類することができます。
①どのような割合で遺産を分割するのか。
②具体的にどの財産を誰が相続するのか。
①を量の問題、②を質の問題と言ってもいいかも知れません。
一般的に①よりも②を決める方が難しいです。
それぞれ紹介していきます。
①どのような割合で遺産を分割するのか(量)
①がまとまらない場合は、法定相続分という指針が決められているため、通常それに応じて分割することになります。
遺産が分割できるお金や有価証券などだけなら法定相続分に応じて分ければ良いことになります。
②具体的にどの財産を誰が相続するのか(質)
②具体的にどの財産を誰が相続するのか、を決めるのは①よりも数段大変です。
不動産の分け方などは法定されている訳ではありません。
不動産のように二つと同じものが無いものを、何も指針が無い状態で分割するのは非常に困難です。
まとまらない場合、相続人が不動産の共有持分を持ち合うという、不動産相続としては最悪の結果になってしまうのです。
(先述した事例は②の事例ということになります)
遺言の効力
この点、遺言では①②の指針を与えることができます。
その指針に応じて遺産分割を行うことになるのです。
遺言さえあれば相続人間で協議を行う必要はなくなるので、争いの芽を摘んでおくことができるのです。
全ての財産について誰が相続するのかを決めてしまえば自ずと①も決まりますが、そこまでは決めないことが多いです。
ただ、不動産だけは誰が相続するか(②)を決めておくべきでしょう。
不満の行き先
そうは言っても、遺言の内容に不満を持つ相続人も出てくるでしょう。
でも、その不満は遺言を書いた被相続人に向けられます。
不満が他の相続人に対して向けられることは少なくなる(皆無とは言えませんが)ため、残された遺族の仲が壊れる可能性を低くすることができます。
最低限、以上を意識して遺言を書くことで争続を防止することができるのです。
遺言に入れておきたい条項
更に争続防止効力を強化するためには、是非遺言書に「遺言執行者」「付言事項」の二つを入れておきたいところです。
それぞれ紹介していきます。
遺言執行者の条項
例えば、「A土地を敦也に相続させる」なんて遺言があったとします。
当然、A土地の所有権が敦也さんに移転した旨の相続登記を入れることになります。
ここで、実際に誰がその登記手続きを行うのか、が問題になるでしょうA土地を敦也に相続させる」なんて遺言があったとします。当然、A土地の所有権が敦也さんに移転した旨の相続登記を入れることになります。ここで、実際に誰がその登記手続きを行うのか、が問題になるでしょう。
この点、予め遺言で遺言執行者を定めていれば、遺言執行者は相続人の意向に関わらず粛々と遺言の内容を実現することができます。
遺言に遺言執行者を定めておくことは、争続の防止と相続手続きをスムーズに行うためにとても有効なのです。
遺言執行者には、相続人の誰かが就くこともできますし、相続人以外の第三者にお願いすることもできます。
遺言執行者には弁護士、司法書士などが就くことが多いのですが、遺言執行者に就くために何らかの資格が必要な訳ではありません。
信頼できる、自分よりも長生きしそうな方にお願いすれば良いと思います。(銀行にお願いすることもできますが、無駄に費用が高いのでお勧めしません)
付言事項
付言事項とは、遺言書の中に記載する遺族への手紙みたいなものです。
これを記載したからといって、基本的には法的効力は生じませんが(遺言の内容と思い切り矛盾していたるすると問題になるようです)相続人に対する最後の手紙なので、相続人の心には強いインパクトを残すものです。
遺族への感謝の気持ちなどとあわせて、遺言内容に不満を持ちそうな相続人に対して遺言内容の理由を記すことで、穏やかにさせることができるかも知れません。
まとめ
遺言には争続を防止する効力があります。
それを実現するためには、どのような割合で遺産を分割するのかや具体的にどの財産を誰が相続するのかに加えて、「遺言執行者」「付言事項」を記載することが重要です。
争続が起きないように必ず遺言を残すようにしましょう。
監修者 小林 雅裕
大学卒業後、複数の土地家屋調査士事務所にて土地家屋調査士の実務経験を積む。
相続案件に興味を持ち、株式会社シーエフネッツに転職。同時に土地家屋調査士事務所を設立。以降15年にわたり、相続案件のみならず、借地、不動産投資など、広く不動産業務に携わる。
更に相続のご相談者に対するサービスを向上すべく、株式会社鎌倉鑑定を設立。
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